法律は、成立までの過程を含めて共有したほうがいい

法律って、成文化されるまでは色んな立場の人達が色んな視点から検討に検討を重ねて成立するものだけど、それが成文化された時点で、その経緯や検討されたスコープなど詳細な情報が欠落してしまう。
もちろん詳しい人はいるだろうけど、一般の人には伝わりにくいという意味でね。


これには、よくない点が2つあるかなと。


1) 具体的なイメージがつきにくい
法は使う人(つまり一般人)のためにあるものだから、使う人にとって分かりやすくなきゃいけないと思うわけです。でも、前提となった事件や提言や議論が共有されていないことで、具体的なイメージがつきにくくなっているという点。これはとても残念な事かなと。

2) 見直しにくくなる
前提となった考えや討論の過程が共有されないことで、本来の目的が達成されたとしても残り続けてしまう。時代や環境が変わって本来の目的を全うしたなら、見直したり廃止したりする必要があるはずなんだけど(または別の問題へと推移したのなら、その新しい問題に対して適切な対処をする必要があるんだけど)相変わらずに変な規制が残ってしまう事があるんじゃないかと。


ここで言いたいことは、法律という成文を通しただけでは、それを作った人と使う人の間で十分な意思疎通ができないんじゃないかと。それを補うために、「法律の専門家」みたいな人が必要になって、解釈次第でうんぬん...なんて迷宮入りしているんじゃないかと。
これは、使う人にとってとても不幸なことなんじゃないかなと思うわけです。


例えばNHKの受信料なんかもそうだけど、「この不都合を改善するために」→「法律を作った」のに、その状況や目的が、時が経ち、成文化した人達が退き、運営組織に運営が任されてしばらくするとその前提が無視され、現状が優先されてしまうという状況になる。


時代に応じて、環境や社会はすごいスピードで変化するのに、その変化についていくどころか足かせになる法律ってどうよ、と思うので、(ここらへんの知識共有・情報共有はwebが得意とするところなので)きちんと共有すべき情報として活用すべきだと思います。

後から"それ"を参照する人が読んでいくと、体系的に、論理的に、その事象に関する知識を理解することができるようになるという。そんなツールにしたいと思います。
これは勉強にもすごく役立つんじゃないかなーと思うわけです。


そんな感じ。